アメリカの市民生活COLUMN コラム

トランプ氏がグリホ裁判に介入

除草剤グリホサートを使っていたらガンになったとして患者らが製造企業を訴えているアメリカ史上最大規模の裁判が、トランプ大統領の圧力で強制終了させられる可能性が高まっています。

 グリホサートについては先月号で、「グリホサートは安全」という主張の根拠となっていた研究論文を掲載していた学術誌が、内容に疑義が生じたとしてその論文を取り下げたという話を書いたばかりですが、また新たな展開が出てきました。

訴訟乱発の経緯

 グリホサートは多くの国で使用されている世界で最も人気の除草剤ですが、人への影響が昔から懸念されていました。
 2015年、国際がん研究機関が「グリホサートはヒトに対しておそらく発がん性がある」との見解を表明。するとアメリカでは、製品の容器に「ガンを発症する恐れがあります」といった警告文の表示を義務付けたり、使用を規制したりする動きが自治体の間で起きました。
 同時に、ガン患者らが開発企業のモンサントを訴える動きが急速に広がりました。
 メディアに大きく取り上げられ、その後、訴訟が乱発するきっかけとなったのが、カリフォルニア州の40代の男性が仕事でグリホサートを使っていたら非ホジキンリンパ腫を発症し、末期がんを患ったとして、モンサントを訴えた裁判です。
 カリフォルニア州上位裁判所の陪審は2018年8月、男性の訴えを認め、モンサントは警告表示を怠ったとして、懲罰的損害賠償金2億5000万ドル(当時の為替レートで約280億円)を含む総額約2億8900万ドル(同約320億円)の支払いを命じる評決を出しました。
 提訴の乱発に頭を抱えたのが、モンサントを2018年に買収したドイツの化学大手バイエルです。モンサントが訴えられた裁判はすべてバイエルが引き継いでいます。

実を結んだバイエルのロビー活動

 ニューヨーク・タイムズ紙によると、バイエルはすでに約10万件の訴えを解決するために100億ドル(約1兆5500億円)以上を費やしましたが、なお数千件の訴訟が進行中です。
 バイエルは何とか訴訟を食い止めようと、州政府や連邦政府に対し強力なロビー活動を展開してきました。
 共和党が強いノースダコタ州とジョージア州ではロビー活動が成功し、両州は昨年、警告表示を怠ったとの理由でバイエルを提訴することはできないとする州法を成立させました。
 連邦政府へのロビー活動も実を結びました。トランプ政権が昨年12月2日、連邦最高裁にバイエルの主張を盛り込んだ意見書を提出したのです。
 意見書は「環境保護庁(EPA)は、グリホサートがガンを引き起こす可能性は低いと判断し使用を認めている」「警告義務違反訴訟を惹起するような規制を課す権限を州に与えるべきではない」などと、バイエル支持の姿勢を鮮明にしています。

連邦最高裁が審理の開催を決定

 そしてなんと驚くべきことに、年が明けた1月16日、連邦最高裁が、原告の男性に対し125万ドル(約2億円)の支払いを命じた評決をバイエルが不服として上訴していたミズーリ州の事件を受理し、審理すると発表したのです。
 驚くべきことと言ったのは、最高裁はわずか4年前の2022年には、今回と類似のバイエルの上訴を、審理するまでもないとして却下、つまり門前払いにしていました。トランプ政権の意見書が最高裁の考えを180度変えたのは明らかです。
 実際に審理が開かれれば、バイエルに有利な判断がくだされることになるのは、ほぼ間違いありません。そうなれば、現在進行中の他の数千件に及ぶ訴訟にも大きな影響を与えます。それがわかっているので、バイエルは最高裁の発表の直後に「最高裁の決定を歓迎する」という、早くも勝ったような喜びのコメントを出しました。
 バイエル有利は、最高裁の布陣を見ても明らかです。現在の最高裁は判事9人のうち6人が歴代の共和党の大統領が指名した保守派で、そのうちゴーサッチ、カバノー、バレットの3氏はトランプ大統領が直々に指名しました。この3人は間違いなくバイエル寄りの判断をくだすでしょう。
 別の保守派判事のトーマス氏は、ニューヨーク・タイムズによれば、弁護士時代、モンサントに3年近く勤務していました。その後、上院議員補佐官として、モンサントを含む企業の利益のためにロビー活動を行っていたという経歴の持ち主です。これではバイエルの勝利は目に見えています。

「安全」の理由、正しい理解が大切

 トランプ大統領にはもう一つ、バイエルを援護するための武器があります。EPAです。疑惑の論文を根拠に「グリホサートは安全」と言い続けてきたEPAは、市民団体から裁判に訴えられ、グリホサートの安全性の再検討を命じられました。今年がその期限です。
 しかし、現在のEPAの幹部はトランプ大統領が新たに任命した人物で固められていて、その中には元化学業界のロビーストもいます。「グリホサートは危険でした」という結論は間違っても出さないでしょう。
 EPA が「グリホサートは安全」と改めて宣言し、それを根拠に最高裁がバイエルの訴えを認め、数千件の訴訟が一斉に強制終了。そんなシナリオがすでに見えています。
 グリホサートは日本でもあちこちで使用され、安全性の議論が常に起きています。議論のとき農薬業界関係者がよく使うのが、「アメリカ政府も安全だと言っている」というレトリックですが、なぜアメリカ政府は安全と言っているのか、正しく理解することが大切です。